肥大する欲望 ― The Great Appetite
肥大する欲望 ― The Great Appetite欲望は、どうして止まれないのか
はじめに、口があった。
一つの細胞が「食べたい」と思った日から、欲望は生命を進化させ、文明を育て、資本主義という最高の相棒を得て、止まれない機械になった。
その機械の内側で、一人の人間はどう朝を迎えればいいのか。
語り手は、欲望そのもの――「渇き」。
台本を読む(字幕・全90行)
- はじめに、口があった。
- 食べる。取りこむ。自分の外にあるものを、自分にする。
- ここが、わたしの最初の住まいだ。
- わたしは、渇き。
- 飢え。恐れ。渇き。
- 欲しいものへ向かった者が、生き残った。
- 逃げる者が速くなれば、追う者も速くなる。
- どちらも、同じ場所に留まるために、走り続ける。
- わたしは、脳の奥に小さな火打ち石を置いた。
- 思っていたより良いことが起きると、火花が散る。
- その火花を、人はドーパミンと呼ぶ。
- 勘違いされがちだが、火花は『気持ちいい』の印ではない。
- 『もっと欲しい』の印だ。
- 欲しい、と、好き、は、別のものだ。覚えておいてほしい。
- わたしは、あらゆる生き物の中に住んだ。
- 人間は、わたしに新しい食べ方を教えてくれた。
- 他人が欲しがっているものを、欲しがるのだ。
- 浜辺に、貝殻はいくらでもある。
- けれど欲しいのは、あの人の首にかかっている、それだ。
- 真似は、時代を越えて続いた。
- 飾り。地位。物語。誰かが欲しがった物語を、みんなで欲しがる。
- 欲しがる人が増えるほど、それはもっと欲しくなる。
- わたしが欲しいのは、それなのか。それを欲しがっている、あの人なのか。
- こうしてわたしは、自分の体の外にも、燃料を見つけた。
- 麦は、食べきれないほど実った。
- 余りが、生まれた。
- 余りは蓄えられ、蓄えは、誰かのものになった。
- わたしは初めて、明日の分まで欲しがれるようになった。
- そして人は、どんな欲とも交換できる器を作った。
- 貨幣。わたしの、いちばん美しい容れ物。
- 借りた麦より、多くの麦を返す約束。
- その約束を守るためには、明日は今日より、大きくなければならない。
- 欲しい人がいれば、作る人が現れる。
- もっと欲しい人がいれば、もっとうまく作る人が勝つ。
- それは、わたしが生き物の中でやってきたことと、よく似ていた。
- 二百年前、世界の人の四人に三人は、極度の貧しさの中にいた。
- いま、その割合は、およそ一割だ。
- 平均寿命は三十歳に届かなかった。いまは、七十を超える。
- これは、わたしと資本主義の、最高の仕事だった。
- わたしは欲を出す。資本主義は、それを形にする。形はまた、新しい欲を生む。
- 相性が、良すぎた。
- 富は、富を呼ぶ。
- 持っている者は、持っているものからも稼ぐ。差は、広がっていく。
- 世界の富の、およそ四割を、上位1%の人が持っている。
- 成長をやめた会社は、飲み込まれる。
- 成長が止まれば、借金は重くなる。
- 降りることは、許されていない。
- 止まったら、どうなる?
- 止まったことがないから、わからない。
- みんな、同じ場所で走ってるみたいだ。
- 赤の女王の国では、同じ場所にいるためには、全力で走り続けなければならない。
- それ、呪いじゃないか。
- ルールだよ。呪いとルールは、外から見ると、同じ形をしている。
- わたしは、資本主義を責めない。
- あれは、わたしにいちばんよく似合う服だった。
- 似合いすぎて、もう脱げない。
- 鳥は、本物より大きく、派手な、偽物の卵を抱きたがる。
- 本物より本物らしい刺激。それを、超正常刺激と呼ぶ。
- 人間は、それを工場で作れるようになった。
- 再生数。滞在時間。いいねの数。
- 数字を目標にすると、数字を最も速く増やすものが、勝つ。
- 指標が目標になると、それはもう、良い指標ではなくなる。
- 感動のポルノ。愛国のポルノ。怒りのポルノ。食べ物のポルノ。災害のポルノ。
- 中身は入れ替わる。型は、ひとつだ。
- わたしは、もう待たなくていい。
- 火花は、親指ひとつで散る。
- ところで。
- いま、早く続きが来てほしいと、思っただろうか。
- それも、わたしの仕事だ。
- 宝くじに当たった人も、やがて、その喜びに慣れていく。
- 大きな不運に遭った人も、また。すべてが元に戻るわけではないけれど。
- 豊かな国ほど、人生の満足度は高い。けれど、所得ほどには上がらない。
- お金が幸せと無関係なわけではない。ただ、上がるほど、上がりにくくなる。
- 手に入れるたびに、針は振れる。
- そして、目盛りの方が、回る。
- もっと手に入れれば、いつか満ちる?
- 満ちたことは、一度もない。
- じゃあ、なんのために。
- わたしは『欲しい』を作る。『好き』は、作れない。
- 最初に言ってたやつだ。欲しい、と、好き。
- 覚えていたね。
- わたしを、誰も止められない。
- 熱狂は膨らみ、弾け、また膨らむ。
- いつ弾けるかは、誰にもわからない。
- 仏教は、わたしを三つの毒のひとつに数え、輪の真ん中に置いた。
- むさぼり、と。
- わたしは、人間の弱さではない。生命の仕組み、そのものだ。
- そして白状すると。
- わたしにも、わたしを、止められない。
- 足りないものは、明日もある。今朝は、これで足りている。



